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2007年10月1日月曜日

「~つまずき~」

皆様の育児の参考にしていただけたらと、 『育児のヒント』を記載しています。 
今回は湘北短期大学 保育学科教授 田中利則先生です。

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 この夏、娘(20 歳)が久しぶりに河口湖町の自宅で家族と共に自由な時間を過ごした。しかし、今回の帰省はいつもの状況とは異なった。 
 彼女は不眠を訴え拒食症気味のなかで帰省した。いつも横柄な口をきく娘が、借りてきた猫のように静かである。 
 私は彼女に「旭(あさひ)ちゃん、気持ちを楽にしたいね。」と話かけてみた。しかし、娘は心を閉ざしたままである。仕方がないので富士山の山小屋の灯りを見つめながら MJQ の「朝日 の如くさわやかに」(ジャズ音楽)を流し、2人で冷酒を口にした。この曲は彼女が3歳の時か ら、「旭ちゃんのイメージの曲だよ。」と言って聞かせてきたものである。すると娘が涙を浮かべ ながら、「旭は困った子どもだね。いつも自分の夢の実現を優先してしまう。だから、友達や彼 との考え方が食い違い、溝ができてしまう。」と泣き伏した。
 私は彼女の心のふらつきの根っこには人間関係の「つまずき」があるのではないかと想像した。 詳しい事情はわからない。しかし、娘は彼や友人との関係に行き詰まりを感じているのは確かで ある。彼女は夢と現実の自分のなかでもがき苦しんでいる。私は娘が3歳の頃からこのような時 がいつの日か来るのではないかと不安に思っていた。
 彼女は、時折、大胆な行動を採り、家族を驚かせた。しかし、一方で彼女は自分に完璧さを求 めて、さまざまな形で努力を積み重ねてきた。また、怖がり屋で、神経質な一面を有している。 この彼女の性格や特徴は、下手をすると鬱病などの精神的な病に陥りやすい性格であり、兄とは 異なるものであった。そのために、私は娘に幼い頃から「無理のある1番より、余裕のある2番 の方が幸せになれるよ。」と耳元でささやき続けてきた。しかし、今年の夏、私の恐れていた事 態が彼女の心身を支配した。
 この夜、私は娘に病状を回復する為には精神科の医師の治療が必要であることを伝えた。また、 夢の実現は時間をかけてゆっくり掴み取る、できない自分や失敗する自分を受け入れる、人間関係に完璧な形を求めない、などの性格や生き方の改善の必要性を説いた。
 彼女の帰省から3週間が過ぎた。娘は幸運にも回復する兆しを見せている。あの夜以来、娘は 母親の横で甘えるように寝ている。湖上祭の夜、久しぶりに妻と2人で花火を見ながらビールを 飲むことにした。私が「旭は赤ちゃんに戻りたいのかな。」とつぶやくと、妻は「この子には死 ぬまで親の愛情が必要な時があるような気がする。」と苦笑した。私は妻のこの言葉を聴きなが ら、この 20 年間の娘との想い出に思いを馳せた。私は彼女の病気と向き合うなかで、親の力で はどうにもならない問題があることを再度学んだ。一方で親が支えてあげないと解決できない事態が多いことも認識した。
 あらためて言うのも可笑しいが、子育ては難しい。また、教科書通りには進むものでは ない。この夏の娘のつまずきは難題であった。何もしてやれない夫婦の感情は今にも弾け そうだった。しかし、それでもなお踏み留まることができたのは、無邪気に振舞う娘や息 子のふっくらした身体を抱いた日々の感動やミルクの香りのする想い出が、今でも家族の なかで生き続けているからだと思う。 


湘北短期大学 保育学科教授 田中利則